これは私が風呂屋の仕事を始めた頃の話です。かれこれ40年以上前でしょうか。
風呂屋の仕事は沢山ありますが、基本的にはほとんど実地で仕事をして、覚えていきました。
数ある仕事は、初心者の私には戸惑うものばかりでした。その店その店でやり方も違います。
銭湯は子供の頃から行っていましたから、客としては、どういうものか知っていましたが、これからは風呂の準備をして、番台にのって、接客をする側になったわけです。
その頃は、まだ家族で毎日のように銭湯に来る人が多かった時代でした。私も仕事に慣れて、お客さんの顔も馴染んできた頃のことです。
「ちわー!」と高校生くらいの男の子が入って来ました。私は「いらっしゃいませ。」
その男子学生は、おつりを払いながら、
「おれ、前にお金借りてるんだよね。親父さんから。」と言います。
「はて?」そういう連絡は受けてなかったけれど、お店のノートを見てみようと、ノートを開きます。すると2〜3日前のページの左下に、汚い字で「てつ 20円」と書いてあるようです。
「てつ 20円」と読み上げると、「そ!そ!それ!」と教えてくれました。
その時、ちょうど入口に来た当店の親父さんが、「おー、てつ!今来たのか?」と声を掛けました。
お店では、長年のお客さんばかりで、メモも普段の呼び名で書いておりました。名字ではありません。「まこちゃん」「お肉屋さん」「魚屋さん」。商店街のお店の屋号で書いてあることも多かったです。